東光寺大根

[ ] 2011/01/09

 用水沿いに「まちのお宝発見事業 東光寺大根、ここにあり」の看板。12月に入ると、その後のビニールハウスに短冊状に「東光寺大根」が干されます。そばを通りかかるだけで、ツンとくるようなキュッとくるような独特な香りが漂ってきます。


12月になると始る大根干し

 「東光寺大根」は「練馬大根」の流れを受け継ぎ、辛み多く、少し苦いことから煮物などの料理には不向き、おろしてからみ餅にすると美味しいけれど、もっぱら漬け物用に加工されます。全体に細く、首の所は10円玉くらいの太さしかありません。

 日野の冬の風物詩などと言われることが多い「東光寺大根」は、実は一年を通しての仕事なのだそうです。
 というのも「東光寺大根」は100年近くの間、毎年花を咲かせ、種を実らせ、その種を次の大根へと育てる作業を繰り返しているからです。

 「たくあん用の大根もいろいろな品種があり、病気に強く栽培しやすい品種も開発され、その種を買って来ての栽培もできる。そんな改良された品種に比べるとリスクはあるけれど、東光寺大根の風味を守るため。待っていてくれるお客さんもいるから」、と現在、数軒の農家で、「東光寺大根」の種を伝え続けているということです。

 この大根のルーツは漬物用として有名な「練馬大根」です。東光寺と地続きの八王子市高倉にも伝わり「高倉大根」の名で栽培されています。

 明治時代、織物の街八王子では、織物工場で働く女工さんの食事のおかずとして、たくあんが必要とされ、その一役を「高倉大根」が担ったといわれています。

 「練馬大根」は1950年代には、栽培されなくなり、近頃、復活の取り組みがされているといいますから、「東光寺大根」、しぶといのです。

 現在はビニールハウスの中で干されている「東光寺大根」ですが、昔は稲刈りが済んだ田んぼが大根干場。生産量も比較にならないほど多く、東光寺周辺の田んぼは干された大根で白く見えるほどだったといいます。

 「昔はさ、万からの数の大根だったでしょ。井戸水で一本一本洗って、田んぼへ持って行って、干してそれでも途中で雨でも降り出そうものなら、駆けてって取り込まなくっちゃならなかった。そのころは『大根やってる家には近づくな』っていうほど忙しかったんだョ」。

 「ハウスになって楽になった分、世話かけられるから良いもの作れるようになったんだ。藁を敷いて、ほら、こうすれば大根汚れないでしょ。真っ白でお客さんに渡せるでしょ。それに、藁はトマトの下に利用できるし、最後は堆肥になってくれるから」。

 こうして、手塩にかけた「東光寺大根」は、3日間干され、首を長くして待っている注文したお客さまへ。昭島の市場にも出荷されます。市場でも入荷前には予約済みになってしまうとのことです。

 これから先はお好みしだい。糠に付け普通なら3月くらい、塩を多くして漬け込むと5月くらいまでは美味しく食べられるとのこと。漬け物は保存食としても、生よりも栄養素が増えることなど、見直しされている食材です。

 地元の東光寺小学校や仲田小学校、日野第一小学校では食育の一環として、児童がダイコン漬けを作っています。できた漬け物は学校給食でいただいています。

 浅川の川原一面に干され冬の風物となっていた「平山大根」は姿を消してかなりが経ちました。とはいうもの、作付け面積でいえば、まだまだ大根は日野市の中ではトップです。
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