日野宿の田んぼ

江戸時代には日野用水から恵みの水を得て三千石といわれるほどの石高を誇った日野宿でした。

しかし、昭和40年代の高度経済成長期を経て、日野宿の田んぼも次第に姿を消していきます。

そして、令和6年(2024)の現在、東光寺地区に残る一部を除き、ここに掲載した日野宿の田園風景は遠く過ぎ去った懐かしい記憶のひとつとなってしまいました。

映像で見る田んぼ

四季は永遠に 変るは生物のみ 春・夏編 昭和30(1955)年撮影 | 日野宿発見隊

元日野市在住の故東尚士氏制作の『四季は永遠に 変るは生物のみ』の2分割したなかの春・夏編。日野宿の春:用水、田圃の代掻き(耕うん機、馬、牛)、田植え 夏:中央線…

四季は永遠に 変るは生物のみ 秋・冬・春編 昭和30(1955)年から昭和31(1956)年撮影 | 日野宿発見隊

元日野市在住の故東尚士氏制作の『四季は永遠に 変るは生物のみ』を2分割したなかの秋・冬・春編。秋:八坂神社の祭り、稲、サツマイモの保存、ススキ、米軍機、雑木林の…

稲作/米づくり

春から秋までの稲作の流れを日野宿に残る写真や映像で紹介します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

twenty + eleven =