中央線の電化と複線化
大正14年(1925)3月24日玉南鉄道として開業した京王電気鉄道は開設時から複線化され、電車が走り、運転本数、所要時間ともに中央線を上回っていました。昭和3年(1928)には所要時間68分、1日56往復の運転は、中央線の70分、12往復を引き離していました。
このため、中央線でも京王電気鉄道と競うようにして電化が進められ、昭和5年(1930)12月20日に浅川駅(現・高尾駅)まで全て電化されました。続いて昭和10年(1935)からは、立川以西を複線化する工事が始まり、昭和12年(1937)6月1日に浅川駅までの複線化が完成しています。
これにともない、多摩川鉄橋も下り線用が新設されています。
日野駅のホームから立川方面を見ると、開設以来使われている上り線は多摩川鉄橋から先も直線なのに比べ、後に敷かれた下り線がカーブを描いて鉄橋と結ばれているのがよく見えます。