地元の人が描いた日野宿の絵図や地図

地元の人が作成した日野宿の絵図や地図を紹介します。皆さんが記憶を基に明治、大正、昭和の時代を描いたものです。客観的な資料とするためにも多くの皆さんに見ていただき不明な点などをご指摘いただければと思います。現物をご覧になりたい方は日野市立日野図書館(042-584-0467)までご相談下さい。

髙木昂さんが描いた日野宿

下町で歯科医をされていた高木昂(たかし)さんが生前描かれた明治から大正期の日野宿の家並の地図です。『目で見る日野一小』(日野市立日野第一小学校PTA 平成6年刊行)より転載。

明治から大正の日野宿の家並
髙木昂さん作成
大正末期の日野渡船場風景

高木昂さんが生前描かれた大正末期の日野渡船場風景です。『目で見る日野一小』(日野市立日野第一小学校PTA 平成6年刊行)より転載。

大正末期の日野渡船場風景
高木昂さん作成

山下勇さんが描いた東町遠景

以前東町にお住まいだった山下勇さんが描かれたかつての東町の様子です。手前が多摩川で、ここに日野の渡しがありました。玉川亭の鮎漁場があったのもこのあたりです。大正15年(1926)8月に日野橋ができるまでは、この日野の渡しを渡り、渡船場道を南に進み甲州街道へと出ました。その甲州街道を西に進むと日野宿の中心に。右端には見えるのが日野駅です。一方、渡船場道の右手には蚕糸試験場がありました。はるか遠方には高幡山も見えます。

東町遠景
山下勇さん作成

大貫良雄さんが作成した日野宿

金子橋にお住まいだった大正15年(1926)生まれの大貫良雄さんが生前作成された日野宿の地図です。町役場や日野小学校が日野中央公民館のところにあり、仲町は昭和15年(1940)に上仲と下仲が合併して仲町となったと言います。当時のそれぞれの区割りがよくわかります。

日野宿の地図
大貫良雄さん作成

松本保さんが作成した日野宿

北原にお住まいだった昭和7年(1932)生まれの松本保さんが平成7年(1995)1月に作成した戦前の日野宿の地図です。日野町役場や日野小学校が今の日野中央公民館のところにあり、今日野第一小学校があるところがまだ運動場となっています。元になっているのは昭和15年(1940)に作成された日野町の地図と考えれます。

戦前の日野宿の地図
松本保さん作成

矢島壽男さんが描いた日野宿

かつて日野第一万願寺に住んでおられ、その後、四ツ谷にお住いの90歳を超える矢島壽男さんが作成した昭和18年(1943)ごろと昭和20年(1945)ごろの万願寺集落の地図です。

昭和18年ごろの萬願寺集落の絵図
矢島壽男さん作成
昭和20年ごろの萬願寺の略図
矢島壽男さん作成

谷富二さんが描いた谷戸

谷戸に古くからお住いの90歳を超える谷富二さんが地元を描いた地図です。

谷戸略図
谷富二さん作成

戸高要さんが描いた日野宿仲町の大門通り界隈

仲町にお住まいだった戸高要さんが描いた昭和20年代初頭の日野宿仲町大門通り界隈の地図です。
1枚ものの地図を甲州街道側(北側)と大門橋側(南側)の2枚に分けてあります。

北側
南側

大昌寺坂回想

戸高要さんが描かれた『大昌寺坂回想』です。はるか遠くに多摩川。日野中学校の校舎仲宿の街並み。中央左手に大昌寺。左手手前には坂の脇に戦時中掘られた防空壕の跡が見えます。

大昌寺坂回想
戸高要さん描画

安西さんが描いた横町の街並み

横町で育った金子屋「安西家屋号」の安西さんが描いた半世紀前の横町の街並みです。ギャラリー&カフェ大屋で開催された兄弟作品展で展示されたものを撮らせていただいたものです。

宝泉寺裏山より横町の街並み
安西さん作成

今尾恵介さんが描いた日野宿イラストマップ

平成20年(2008)5月3日から始まった「まちかど写真館 in ひの」用として、日野市在住の地図研究家今尾恵介さんに描いていただいた日野宿イラストマップです。「まちかど写真館 in 日野宿」の案内板(日野駅前設置)と配布チラシに使わせていただきました。

日野宿案内図 2019年1月現在
今尾恵介さん作画
リニューアルした日野駅前日野宿イラストマップ
2019-01-30

イラストマップ『日野市絵図』

昭和54年(1979)12月に『日野郷土かるた』制作に伴い第2代日野市立図書館長砂川雄一さんによって描かれたイラストマップ「日野市絵図」です。

イラストマップ『日野市絵図』
砂川雄一さん作成

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